【解明】ホーキング博士の愛弟子が挑む「宇宙の起源」の謎

ホーキング博士の愛弟子が挑む「宇宙の起源」の謎

2018年に死去した車椅子の天才物理学者S・ホーキング博士。博士が遺した「宇宙の起源に関する最終理論」を、教え子が引き継いで完成させた本が注目されています。

8/4出版予定の『宇宙・時間・生命はどのように始まったのか?』より、宇宙論翻訳の第一人者・水谷淳氏による「訳者あとがき」を先行公開します。

現代最高の科学者ホーキング

 ホーキングは研究人生の中盤で、宇宙に対する自身の考え方を完全にひるがえした。あの数々のベストセラーで説いてきた宇宙観を、驚いたことに自ら否定してしまったのだ。
 
 スティーヴン・ホーキング。言わずと知れた現代最高の科学者の1人で、「車椅子の天才」との異名を持つ。1942年、イギリスのオックスフォード生まれ。ケンブリッジ大学で研究生活をスタートさせるものの、全身の筋肉が徐々に利かなくなっていく難病、ALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症してしまう。

 やがて文字を書くことも、さらには声を発することもできなくなったが、音声合成端末を取り付けた電動車椅子に身を預けながら、信頼を寄せる共同研究者たちとともにブラックホールやビッグバンの謎に果敢に挑んだ。そうして、宇宙論を根本から変える数々のすさまじい業績を上げた。

 またホーキングは、最新の研究成果を幅広い人に伝えることにも熱心で、ベストセラー『ホーキング、宇宙を語る』を始めとした数々の一般向け解説書や、子供向けシリーズ『ホーキング博士のスペース・アドベンチャー』などを著した。イメージを搔き立てるその語り口に私も酔いしれたものだ。
 
 ある年代以上の方であれば、某通信会社や某衣料品メーカーのCMに出演した彼の姿を覚えておられるかもしれない。当時はまさに時代のアイコンだった。

  そんなホーキングにとって最後の「愛弟子」の1人が、本書の著者トマス・ハートッホである。

天才物理学者、見出される

 1975年にベルギーで生まれたハートッホは、1998年にホーキングの門戸を叩いた。そして2018年に師が亡くなるまでともに研究を進めながら、ホーキングにとっての「最後の理論」を一緒に築き上げていった。

 ホーキングはその「最後の理論」もいつか一般向け書籍にまとめようと考えていたが、その願いは叶わず、「そろそろ新しい本を出す頃だ」と言い残して世を去る。
 
 その遺志を受け継いで愛弟子ハートッホが書き上げたのが、本書『宇宙・時間・生命はどのように始まったのか?: ホーキング「最終理論」の先にある世界』である。ホーキングが後半生に何を考え、どのような理論を築いていったのかを、心温まるエピソードを交えてじかに伝えてくれる貴重な1冊だ。

「トップダウン宇宙論」とは

 ホーキングは当初、次のような思想のもと研究を進めていた。「この宇宙を超越した究極の法則というものが存在し、その法則が我々人間を含め宇宙のすべてを支配している」。つまり、おおもとに究極の法則があって、そこから必然的にこのような姿の宇宙、そして人間が生まれたということだ。だからその究極の法則を解き明かせば、宇宙のすべてを理解したことになる。この精神は彼の一般向け著作にもにじみ出ていて、私も含め読者の心にも深く刻まれた。

 ホーキングはのちにそれを「ボトムアップ宇宙論」と呼ぶことになる。ボトムアップとは、究極の法則という「種(たね)」から、宇宙や生命、そして人間という「枝」が上へ上へと伸びていくというイメージだ。自然な時間の流れにも沿った至極当然の発想で、おおかたの科学者もそれに基づいて研究に取り組んでいることだろう。

 ところがホーキングはあるとき、自ら前提としていたこの思想が、根幹から間違っていると考えるようになったという。最初から究極の法則があったわけではない。なんと、我々人間が過去を振り返ることによって、時間をさかのぼってこの宇宙の法則が形をなしていくというのだ。

 彼はこの思想を「トップダウン宇宙論」と呼んだ。いま生きている我々人間という「枝」から、過去へ過去へ、下へ下へとさかのぼっていくと、「種」である究極の法則にたどり着くというとらえ方だ。時間の流れに逆らう突飛な発想だが、けっして荒唐無稽な単なる思いつきではない。宇宙論におけるある大問題をきっかけとしたもので、量子力学というれっきとした物理理論に基づいている。

 このようにホーキングは、それまでの自らの考え方をまさに天地ひっくり返して、まったく新たな宇宙観を頭の中に思い描き、それをもとに、彼にとっての「最後の理論」を編み出したのだ。
 
 本書の著者ハートッホは、この「トップダウン宇宙論」の構築に師とともに取り組んだ、まさにその人である。ほかにない独特の方法でホーキングと心を通わせながら、師の「最後の理論」に力を尽くした。その内容は本編に譲るが、最新の物理理論に根ざしながらも、我々人間の想像力の限界を試してくるような深遠な理論だ。時間や空間、さらには因果律といった、もっとも根本的な概念をも揺さぶる、壮大な物語が展開する。

 愛弟子が亡き師に代わって著した本書は、ホーキングから我々への最後の贈り物ともいえるかもしれない。ぜひとも、常識をいったん脇にのけて、頭を柔軟にしながらページをめくっていっていただきたい。そうすれば、ホーキングが車椅子の上で思い描いためくるめく世界を垣間見られるはずだ。

水谷 淳(みずたに・じゅん)

翻訳家。東京大学理学部卒業、同大学院修了。博士(理学)。訳書にチャム&ホワイトソン『僕たちは、宇宙のことぜんぜんわからない』、アル=カリーリ『量子力学で生命の謎を解く』、パディーヤ『宇宙を解き明かす9つの数』、シャーフ『重力機械(マシン)』、テグマーク『LIFE3.0』など多数。著書に『増補改訂版 科学用語図鑑』(河出書房新社)がある。

執筆:水谷淳
編集:富川直泰
デザイン:石丸恵理

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